ビル事業計画の手引き
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事業収支結果の分析と指標


事業収支計算の結果を分析する手法、目標とする値は、事業動機によって様々ですが、大きく分けると、実際のキャッシュフローを追いながら、事業に対し投下した資本が、何年ぐらいで回収が可能かという、期間を尺度とする投資回収期間法と、投下した資本の期待利回りを算出し、様々な投資案件と比較検討して、投資の意思決定を行うための尺度とする手法があります。特に後者は、日本版の不動産投資信託(J-REIT)が普及し、不動産証券市場が活性化していくと、様々な金融派生商品などとの比較において、重要になる指標と考えられます。

(1)投資期間回収法

土地所有者が、土地の有効利用の一貫として、事業計画を行う場合など、現実に即した指標に基づく評価であり、借入先の銀行との折衝等に一般的に用いられる手法です。その評価尺度には、次のようなものがあります。

@単年度黒字転換年

ビル賃貸事業の場合、開業当初は減価償却や、借入金の金利の額が大きく、損益計算の利益ベースでは、赤字が発生することがあります。この状態から、単年度で黒字に転換する年が、事業の収益性を図る尺度として重要です。
建築工事費の減価償却法として、定額法の採用が原則となっている現在では、1―2年程度で、単年度の黒字転換がなされなければ、後々その事業は、苦しいものになります。3年以上赤字が続くとなれば、問題有りの事業です。

A累積赤字解消年

@で述べた状態で、単年度黒字転換前に累積した赤字が、その後発生する累計利益で黒字転換する年度です。@とのセットで、経年的な事業利益の動向を示す指標となります。累積赤字が解消した段階で、単独事業として正常な状態になると評価でき、自己資金として、外部の投資家から出資を募った場合など、この状態になった時点で配当を開始するケースが原則となります。したがって、不動産の証券化により、小口投資家を集め、市中銀行以外の資金調達により賃貸事業を行う場合などは、大きな意味を持つといえます。
一般の投資家は、事業開始後、何年も無配当の事業に投資をする訳はなく、初年度から利益を計上することが原則ですが、一般的な評価基準としては、3年以内で普通、それを超えると問題あり、というところでしょう。

B短期銀行完済年(留保金発生年)

資金調達における設定条件で、返済年度を固定する銀行からの長期借入金により、ほとんどの事業資金を賄うのであれば、この指標の持つ意味はほとんどありませんが、事業性を把握する上で、毎年発生する余業資金で返済を行っていく、短期銀行借入金による資金調達を原則とした場合、借入金が完済できる年は、内部に余剰金が留保されていく年でもあり、事業性を図る指標をしては、重要な意味を持って来ます。これ以降の状況は、賃貸事業の特殊条件による、テナントからの敷金、保証金や、投資した自己資金が残るのみで、事業として、身軽な状態に入るといえます。この達成年としては、一般のオフィスや、住宅などの賃貸ビルで、敷金以外の資金調達を、全額短期銀行借入金で賄うとすると、次に述べる投下資金回収年と同じか、1―2年程度短くなる位が普通です。

C投下資金回収年

初期投資や、再投資に対して投下した資金が、1回転し、自己資金の元本も含めて、回収する年度です。投資期間回収法の指標として、もっとも重要な尺度です。具体的には、自己資金を含めた借入金残額の合計に対し、留保金の累計が上回った年がこの年度であり、仮にこの時点で事業を中止し、残存資産価値が0としても、すべての借入金、自己資金の元本は、回収できる状態となります。
評価の尺度としては、初期投資に土地取得費を含まないとすると、15年以内なら優、20年以内で良というところです。それを超す場合、事業に対する動機、目的により異なりますが、無理の無い設定条件で、30年以内で投下資金の回収が見込めるのであれば、可とすべきと考えます。

D資金ショートの有無

上記の指標が、その評価のレンジ以内にあっても、単年度として、資金がショートする場合は、注意を要します。仮に資金ショートしても、留保金の範囲内で、そのショート分を賄えるのであれば問題はありませんが、資金調達の中で、保証金の占める割合が大きいケースの場合などは、短期銀行借入金が完済した後、保証金の返済に対し、留保金で賄えずに、新たな借入金が発生する場合がありうるため、このチェックも必要です。なお、初年度から資金ショートするような事業であれば、その成立性は、まずありえないといえます。

 

(2)投資利回り

ビル事業を投資対象と捕らえる投資家に対しては、様々な投資案件の中から、比較検討をする必要があり、国際的な基準として、同じ条件による、利回りベースの評価が、最近、主流になってきました。

@ ROI(Return Of Investment)、ROE(Return Of Equity)

投資に対する利回りに対し、一般的に使われる用語としてROI(Return Of Investment)、ROE(Return Of Equity)があります。これらを、ビル事業に当てはめると、計算の分母には、ROIは、総投資額(初期投資、及び再投資額)を、ROEは、自己資金が相当する事になります。
一方、分子には、ROIは、営業収入から営業支出をひいた粗利益、ROEは、粗利益からさらに借入金の金利を引く場合が原則です。また、法人税などの税金を差し引く考え方もありますが、これに対しては、他の投資案件でも税金が発生することであり、考慮しない場合が原則です。
基準とする年度は、開業後初年度で見る場合、事業が安定する7―8年目位で見る場合、数年間の平均で見る場合などがあります。なお、開業初年度のROIは、立案のポイントで述べた還元利回りと同様の指標になります。

A NPV(Net Present Value=正味現在価値)

上記で述べた利回り計算には、時間という考えは入っていません。開業初期に得る100円という利益と、10年後に得る100円は、同じであるという考え方です。その間、金利が発生したり、インフレが進むとすれば、その価値は、違うという考え方に基づき、一つの事業から経年的に発生するすべての利益を、現在の価値に割戻して、比較をする方式が、DCF(Discount Cash Flow)という考え方です。
さらに、この計算には、営業利益(インカムゲイン)だけではなく、資産利益(キャピタルゲイン)も計算の対象に加え、最後に残る土地や、建物についても評価をし、キャッシュベースの収入にカウントする事となっています。これを転売価格といい、従来の不動産市況のように、右肩上がりのカーブを描いていた時代には、含み益として別扱いにし、これを前提にして、不動産投資には、多少利回りが他の投資に比べて低くても、安全な投資と評価する傾向がありました。しかし、今後この状況が望めない時代としては、純粋なキャッシュベースの利回りを計算する事により、他の、国債などの金融商品と同じ考え方で、比較検討をする事が必要となってきており、この考え方に基づく指標が、投資意思決定の主流になってきています。
DCFの考え方を式にあらわすと、式** のようになります。これで算出される値が、NPV(Net Present Value=正味現在価値)です。これは、投資家が最低目標とする利益率をまず設定し、それを割引率として現在価値に置き換えます。その計算の結果、正味現在価値がプラスになっていれば目標利回りを達成していることになります。NPVは、ビル事業に限らず、様々な投資プロジェクトに対して比較検討を行う場合に、目標利回りを設定し、その正味現在価値の大小で比較できるために、有効な指標です。
そして、このNPVが0となる割引率が、次に述べるIRR(Internal Rate of Return=内部収益率)です。

B IRR(Internal Rate of Return=内部収益率)

正味現在価値(NPV)が0となる割引率がIRRです。
これには、ROI、ROEと同じように、分母を、投下資本全体で見る場合と、自己資本で見る場合があります。投下資本で見る場合は、FCF(Free Cash Flow)として、事業全体に対するキャッシュを対象にし、事業自身の評価をするのに適しています。自己資本で見る場合には、RCF(Real Cash Flow)として、事業実施の段階で、様々な条件を折り込み、個別事業者の特性に応じた、実際の流れに対する、評価をする場合に適しています。なお、計算方法としては、利回り計算における分母に相当する因子をマイナスで、分子に相当する因子をプラスで設定します。
ROI型IRR(FCF)のマイナス因子としては、開業前の初期投資、事業開始後の再投資が相当し、これらを、発生する年毎に、設定していきます。プラス因子としては、インカムゲインとして、営業収入から、営業支出を引いた毎年の粗利益が該当します。キャピタルゲインとしては、計算を区切る最後の年に、初期投資のうち、土地取得費の同額と、建築工事費などの償却資産の残存価格を設定します。実際の転売価格としては、土地価格の趨勢、建築施設に対するメンテナンスの状態などにより変化しますが、その予測値により、IRRの値が大きく変化するため、ビル事業の本質を評価するためには、上記のような設定が、適当と考えられます。また、この設定によれば、資産を簿価で売却する事になり、譲渡税などは、考慮しなくてよいことになります。
事業評価の尺度としては、投資の期間と、その利回りがあります。投資期間は、米国の例などを見ると、5~15年が多く、標準的には、10年とみることができます。利回りとしては、(財)日本不動産研究所による「不動産投資家調査」によると、ビル事業に対するリスクプレミアムとして3%程度を見込むという回答が最も多かったと示されています。したがって、5~10年の国債利回りを2%とすると、最低5%の利回りは必要ということになります。もちろん、テナントとの契約状況や、事業主の信用力など事業リスクに対しての評価によりこの数値は変動します。
ROE型IRR(RCF)のマイナス因子としては、開業前の自己資金が相当します。開業後にも自己資金の追加出資があれば、その年に設定していきます。プラス因子としては、実際に事業を経営する事により生じる手取りキャッシュとして、借入金返済後の配当金、留保金、及び法人税などの税金が相当します。この場合、法人税などの税金は、実際には自由にならないキャッシュであり、除く考え方もありますが、他の金融商品もそこから所得があった場合、納税する必要があり、比較の上からは、含めた方が、望ましいと考えられます。そして、計算の最後の年には、土地取得費の同額と、償却資産の残存価格の合計から、借入金が残っていた場合は、敷金、保証金も含めてその残額合計を引いた額を設定します。
ROE型の内部収益率は、同じ事業でも、自己資本比率を変える事により、その収益率は、大きく異なります。したがって、事業性を評価するよりも、同じ事業を営む場合に、自己資本をどのくらい投下する事がもっとも有利か、という検討に使う場合が一般的です。調達する借入金の金利よりも、事業のIRRが高い場合は、その差額は、事業に対する投資による効果と考えられます。これを、レバレッジ効果といいますが、このような事も含めて、検討をする指標となります。

 



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